肥満について考える時に僕がメキシコについて想いを馳せること

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メキシコという国で暮らすようになってすぐに、周りの人々が明らかに肥満であることに気づいた。ぼくはどちらかと言うと痩せているほうなので、いつも初対面のメキシコ人から「あなたは痩せているね。男ならもっと食べてもっと力をつけないとダメだよ」といった類の言葉を投げかけられることになる。

そんな時に決まって思うのが、「ぼくの身体の心配をするよりもまずはあなたの脂肪をどうにかすることを考えたほうが良いのではないでしょうか」ということだ。

中にはそれこそどうにもならないほどの脂肪が身体中の至るところで存在感を発揮している人もいる。骨の上に脂肪があるのか、脂肪の中にちっぽけな存在として骨が配置されているのか分からなくなる。

そんな国で暮らしていると不思議なことに「もっと太りたい」「もっと大きな身体を手に入れたい」という感情が無意識のうちに芽生えてくる。海外で暮らしていた日本人女性が帰国直後に、「向こうでは自分のことを痩せていると思ってた」というセリフとともに+15kgの肉体を手に入れていたのをふと思い出した。

やっぱり人間は絶対的ではなく相対的な生き物であるのかもしれない。どれだけ自分の世界に固執したところで、大多数の見えている世界にいつの間にか入り込んでいく。それが人間なのだろう。

コカ・コーラがメキシコ人をふくよかにしたの?!

ぼくは一度真正面から質問をしたことがある。
「なんでメキシコ人はこんなに太ってるんですかね」と。

すると50代くらいの友人の母はこう答えてくれた。
「それはたくさん食べてたくさん寝るからでしょうね。人生は楽しまなければ損だからね」

メキシコらしい意見にただただ「そうなんですね」という頷きを返した。

ただ彼女はこんな風にも付け加えた。

「でもね、メキシコ人が昔から肥満だったわけではないのよ。あなたは信じられないかもしれなけれど、私たちが日本人のように痩せていた時代も確かに存在していたの」

「私たちが肥満の階段を上り始めたのはアメリカからコカ・コーラが輸入されるようになってからよ。間違いないわ、コーラの威力は物凄いものだったんだから。あなたは信じられないかもしれないけれど」

果たしてコカ・コーラがいつから一般のメキシコ国民に流通し始めたのかは定かではない。確かなことはメキシコ人が異常なまでにコーラに汚染されているということであろう。

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コカ・コーラは水である

メキシコのレストランでは赤いテーブルに赤いイスを見かけることが多い。特に地元の人たちで盛り上がるようなお店ではほぼ間違いなく。そして、赤いテーブルにはデカデカとCoca Colaのロゴデザインが描かれている。

大々的なプロパガンダを行わせてもらう代わりに、その店に安くコーラを収めている(らしい)。これは業界的には当たり前のことなのかもしれないけれど、ここまで上手く機能している例は世界でも他にないのではないだろうか。

コカ・コーラの戦略を知ってか知らずか、メキシコでのコーラ人気はずば抜けている。コーラが身体に良いという話を今の今まで一度たりとも聞いたことがないが、この国ではそんなことはお構いなしである。

グループで入店すると、人数を数えた上で「じゃあとりあえずコーラ6本ください」なんてことも時たまあったりする。

びっくりするのが、60歳をゆうに超えたおじいさんおばあさんがプシューっとコーラの瓶を豪快に開けて美味しそうにコーラを一気飲みすることである。まさに老若男女問わず愛されるコカ・コーラ。恐れ入りました。

気になったらいつもネットに頼るタイプなので、ぼくはコーラとメキシコの関係について調べてみた。すると、やはり思ったとおりメキシコでのコーラの消費量はダントツで世界1位だった。

コカコーラの消費量1位はどの国だ!! アメリカは3位な意外な結末

メキシコの人口は日本よりも少し少ない世界第11位であることを鑑みると、この国の人たちにとってコーラは水のようなものであることが分かる。

メキシコ=コーラの図式が分かる記事→世界中で見てきたコカ・コーラのすべてはメキシコにあった

太っているからなんなの?

アメリカは素晴らしいテクノロジーを生み出す最強のインテリ国家である一方で、人々の欲望に寄り添い続けるための嗜好品の発明にも余念がない。

マクドナルドやコーラ、強いてはドラッグや銃もアメリカ発で世界へと流通されている。(ドラッグについては、中南米からマフィア経由でアメリカに運ばれてそこから世界へと放たれるので、厳密にはアメリカはドラッグのハブにすぎないが)

そういうわけでまんまとアメリカの術中にハマり幸せに肥満への道を突き進むメキシコというのが、ぼくの目に映った彼らの姿だったりする。

ここで大事なのは「幸せに」というところで、日本人のように「最近太っちゃったらダイエットしなきゃ」とか「いやいや全然痩せてないわよ、私脱いだらすごいから(お腹のたるみが)」とか、そういったエクスキューズを聞くことが全くない。

テレビをよく見ていたけどダイエットに関する番組なんてあんまり放送されていないし、それどころから太っていることにある種の誇りを感じているのではと思わせるほどに堂々としている。

ただこの国にいたからといってぼくの価値観は「太っててもOK、体型なんてどうでもいい」いった方向には向かわなかった。やはり健康であること、メリハリのある体型でいたいし、それこそがぼくの流儀である。

肥満について文章を書く時のはとてもハードルが高いもののような気がする。ともすれば、肥満で悩む人を悲しませるものになってしまうし、彼らの怒りだって買うことだろう。

それでも文章にしたためたのは、感じたこと、知ったことをただありのままに伝えたかったからだ。そこに批判も肯定も必要ない。事実と感想と意外な驚きがあればそれで良い。

ちなみに肥満について語った友人のお母さんが昔の写真を見せてくれたことがあって、確かに30年ほど前の彼女の家族写真では誰一人として肥満の人がいなかった。これにはとてもびっくりしたけれど、これがただみんなが若い頃の写真だからなのか、それともあの時代のメキシコ人が全体的に痩せていたのかは分からない。

彼女は「ね、私たちだってコーラさえ存在しなければこんなに肥満になることなんてなかったのよ」と軽く愚痴をこぼしつつ、冷蔵庫からまた2.5ℓのコーラを取り出した。シュワーという特有の効果音の後でコップに並々と注いだコーラを一気に飲み干した後で、彼女は至福の表情を浮かべていた。

あれだけコーラへの不平不満を並べた彼女だけど、コーラを愛する気持ちも同じくらい大きいのではないだろうか。そんな風にぼくには受け取れたのだった。

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