江戸時代にキューバを訪れたサムライがいた?支倉常長の勇姿は今もローマへ向けて生き続けている

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日本とキューバの繋がりなんて正直なところ野球くらいしか思い浮かばなかった。キューバ野球といえば世界でもトップクラス、数々の名だたるスターを輩出してきたことで有名。キンデランの時代から今のデスパイネやグリエルの時代まで、自由で型破りにもかかわらず根元の部分ではしっかりと規律を重んじる、それがキューバの野球。少年だったぼくはすっかりそんなキューバ野球に魅了された一人であった。

しかし、その野球を除けば日本とキューバを繋ぐものなんてほとんどない。創価学会の池田大作氏がキューバと懇意にしていることはとても有名だけど、あとは全く思いつかない。

だから首都ハバナのマレコン沿いを歩いている時に、突然サムライの姿を目にした時はとてもびっくりしたのを覚えている。

か、カッコよすぎる!!!

この凛とした佇まい、武士道の心を久しぶりに取り戻せたかのような錯覚に陥る(たぶん生まれてから一度もそんな心なかったけど)

キューバ人たちが素通りする中、ぼくはこのちっぽけな公園に30分以上居座って支倉様を拝み通した。納得がいくまで写真を撮りまくるチノ(アジア人の呼称のようなもの)の姿は間違いなく現地の人からは冷めた目で見られていただろう。

別アングル。こちらは正面。

それにしても驚いた。偶然オビスポ通りで出会ったキューバ人の若者に「日本人なら絶対行くべき場所があるから案内するよ」といわれ、トコトコついてきたぼく。あまり期待はしていなかったにもかかわらずこんな歴史を感じるところがあるなんて。とても感激した。

支倉常長像はどこにあるの?

下記の地図上、セスペデス公園内にある。おそらくハバナのキューバ人たちに聞いてもあまり知られていないと思う。

参考:支倉常長の像へ行く前に!見どころをチェック – トリップアドバイザー

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なぜ支倉常長像がキューバのハバナにあるの?

調べたところ仙台育英学園によって寄贈されたものであることが分かった。仙台育英といえばスポーツが盛んな学校なので名前は知っていたが、キューバとの交流があることは初めて知った。

下記のような流れからこの建立されたようである。

きっかけとなったのは平成12(2000)年。キューバ共和国大使館のエルネスト・メレンデス特命全権大使(当時)は、本学園での講演後、「ローマに向かう途中、ハバナに立ち寄ったとされる支倉常長の像を、両国のシンボルとしてハバナ市にも建立したい」と話されました。

ヨーロッパとの貿易を求めていた伊達政宗藩主の命を受け、遣欧使節として送り出された支倉常長は、キューバの地を踏んだ最初の日本人であり、彼の礼儀正しく誠実な人柄は「至誠の人」「熱誠の使節」として異国の人々から信頼され、尊敬された人物として広く知られています。参照;キューバ・ハバナで支倉常長像除幕式挙行

支倉常長とはどんな人物?

ちなみに支倉常長については下記のとおり。

慶長遣欧使節関係資料は、仙台藩主伊達政宗が400年前、スペインとローマに使節として派遣した支倉常長が持ち帰った品と、スペインに残る関係文書。日本側は当時のローマ教皇と常長の肖像画など3件、共同推薦のスペイン側は常長がスペイン国王に宛てた書状や徳川家康、秀忠の朱印状など94件からなる。参考:支倉常長ってどんな人? – NAVER まとめ

日本史の授業で『慶長遣欧使節団』というワードと共に暗記したので今でも忘れていない。ただ、まさかキューバに立ち寄っていたとは。あの時代は南米→ヨーロッパというルートで向かっていたんだな。時代を感じる。

 

侍を連想させるものなんて何一つ見当たらないラテンの国で、ぼくがまさかお侍の姿を拝むことになるなんて予想だにしていなかった。

公園はとても静かでキューバにいながら日本の公園にいるかのようなそんな錯覚に陥ってしまうほどである。やはりキューバの人たちも日本風の場所では日本風の振る舞いになるのだろうか。

支倉常長の像を囲むかたちで、春夏秋冬の仙台のお祭りの写真が配置されている。侍、祭り。日本の伝統の美しさをキューバという国で改めて感じることになった。「日本人として誇りに思う」という言葉をいつも冷めた目で捉えてしまうぼくですら自分のアイデンティティを強く感じた瞬間であった。

Primavera = 春
Verano = 夏
Otoño = 秋
Invierno = 冬

支倉常長が指差す先はそう、ローマ。この方角の先にかつて目指したローマはあるとのこと。とても粋なアイデアである。

ローマまでの距離 8,700km
仙台までの距離 11,850km

この場所はのほほんとした静かな場所になっている。2001年に建立されたということなのでまだそこまで時間が経っているわけではない。

支倉常長ほどのロマンはないかも知れないがぼくもまだまだ世界を知りたいという想いが強い。日本との繋がりがあることで関心を持つのも大事だけど、ぼくが何かの繋がりをつくって誰かに関心を持ってもらえる、そんな風になったらもっと素晴らしいことなんだろうな。

そんなことも感じました。

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