中国人と呼ばれてイラっとしたことない?海外で差別しているのはあなたの方です

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「ヘイ!中国人!!」

海外へ行ったことのある日本人ならば誰もが1度はそう呼ばれたことがあると思います。

ヨーロッパのある程度の先進国や、カナダやイギリスなどの多民族国家では中国人のみならずアジア人の存在はその国にとっての当たり前なので、あえて呼ばれることはないと思いますが、こと中南米やアフリカなどではアジア人が歩いているだけで「中国人!」と呼ばれることが頻繁にあります。

*アフリカについてはぼく自身渡航経験がありませんが、よく聞く話なのであながち間違ってはいないのかなと。

今回は約8ヶ月間滞在した中南米にて、アジア人が一括りに「中国人」と呼ばれることについて、またそれに対してどのような感情を抱いたかなど、書いていきたいと思います。

行ったことのない人でもイメージできるとおり中南米地域で暮らす人々は、基本的には日本人とは正反対の性格で、「陽気」「話し好き」「パーティー好き」が多いです。

海外に実際に滞在する前は、「国民性という言葉で簡単に一人の人間のことを説明することなんてできない、同じ国に生まれても全然違う性格の人だっているはず」という、何とも尖った考えを持っていたわけですが、その国で実際に暮らしてみると確かに国民性というものが存在していることは疑いの余地もない事実だと感じました。

大多数の日本人はやっぱりシャイだし、大多数のメキシコ人はパーティー好き。それは否定できません。

というわけで、中南米で暮らすラテン系の人々は、見ず知らずの人にも気軽に声をかけるのが当たり前で、中でもアジア人は珍しいということで道を歩いているだけで毎日たくさんの人々に話しかけられることになります。

彼らはぼくらアジア人を見かけるとこう呼びかけてきます。

「チノ!」

チノとは中国人の意なので、ぼくたちは日々彼らから中国人と呼びかけられているわけ。

その呼び方というのが何とも蔑んだ感じの響きだからか、ぼくはメキシコで暮らし始めた当初は「チノ!」というワードを聞くたびにイライラしていました。笑顔で「日本人だよ」と教えてあげても、彼らは次の日には「ヘイ!チノ!」と何事もなかったかのように呼んできます。

「中国人じゃねーんだよ!日本人なんだよ!!」

とイライラが募る場面も多々ありました。

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もちろん彼らの中には中国人のみならずアジア人を差別的に見ている人もいるかもしれませんが、それは少数であって、アジア人だからといってぼくたちが中南米にて居心地が悪いと感じることはそこまでは多くはないはずです。

それならばなぜぼくは「中国人」と呼ばれていちいちイライラしていたのでしょうか。

多少長い期間中南米で暮らしていたということもあり、このチノ問題については滞在中に自分の中で考えてみたりました。その中でぼくが「中国人」と呼ばれてなぜ不快に感じたのか、自分なりに答えが出たのでここにまとめとおこうと思います。

中国人と呼ばれてイライラしてた自分について分析してみた

アジア全体を中国と一括りにされていることへの苛立ち

ぼくは日本人なので、アジアの他の国々について多少なりとも大多数の中南米の人やヨーロッパの人やアフリカの人たちよりも詳しいはずです。

日本と中国の間に共通言語がないということは当たり前だし、フィリピンでは英語が流暢に話せられていることも当たり前、モンゴルやラオスやミャンマーという国がアジアには存在しているということもインターネットで調べる必要もなく頭にインプットされています。

ただし、それらのアジア人にとっての当たり前はぼくが過ごした中南米では当たり前ではなかったし(中南米だけでなく他の地域でも同様かもしれません)、彼らの多くはアジア=中国という考えが完全に染み付いていました。

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ただ、冷静になって考えて見ると、ぼくたちだって世界の地域を自分なりに分かりやすいように解釈しようとしていないでしょうか。

ウクライナやベラルーシの人たちを見れば、ぼくたちは口には出さないにせよ「ロシア人」と無意識に感じるだろうし、白人金髪の人を見れば「アメリカ」「イギリス」「フランス」あたりの大国を思い浮かべることが大半でしょう。

そう考えると、発言するかしないかの違いだけで、ぼくがチノと呼ばれて苛立っていたその事実がものすごく滑稽に見えてきませんか。

中国人と呼ばれることへの苛立ち

また、日本人である自分を中国人として捉えられることへの不快感が苛立ちへと繋がったのかなと分析できます。心のどこかで「ぼくは中国人なんかじゃない、日本人だ」という想いがあったのだと思います。

ぼくだけでなく他の日本人からこのチノ問題に対して、「中南米の人々は差別主義者だ」という言葉で片付けようとしていた人もいましたが、ぼくは今ならこう断言できます。

差別主義者はチノと呼びかけてくる中南米の人々ではなく、中国人と間違われることに不快感を感じていたぼくたち自身だと。

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例えば中国人ではなく、フランス人やイタリア人と呼びかけられたらどうでしょうか。「中国人!」と呼びかけられた時と比べてそこまでイラっとする人は少ないのでは?

それはぼくたちが勝手に作り出したその国自身の捉え方やイメージというものがあるので、人それぞれ違うかもしれませんが、中国人と呼ばれるよりは嫌な感じがしないという人が多いのかなと推測します。

そう考えると、単純に中国人と間違わていることについて、「侮辱された」「差別された」と考えるのはあまりにも幼稚だし、的外れではないかと感じてしまうわけです。

だってそうでしょう。中南米の人たちにとっては中国人=アジア人という考えが染み付いていて、それをすぐに変えるべきとこちらが主張したところで変わるわけがないのです。

それに、人口統計で考えれば世界中の約20%の人々は中国人なので、確かに冷静に考えればぼくたちアジア人を中国人として捉えることは何らおかしなことでもないのかなと感じます。

日本人だって「白人」「黒人」「外人」という言葉で差別してるのかも

ところでスペイン語でアジア人のことを「asiatico(アシアティコ)」と言います。しっかりと言葉として存在しているのですが、この言葉はほとんど使われることはありません。ぼく自身「Tu eres asiatico?(あなたはアジア人ですか?)」と尋ねられたこともないし、呼びかけられたことも1度もありません。

中南米では「Chino(チノ)」こそがアジア人の総称であって、それ以上でもそれ以下でもありません。向こうに行ってみれば分かると思います。それだけ浸透した言葉になっています。

ここで日本でも同じことが行なわれているのではないかと思いました。それは、「白人」、「黒人」、「外人」という言葉。

ぼくたちが何気なく使っているこれらの言葉だって、チノという言葉となんら変りないのではないでしょうか。外人という言葉についてはかなり議論の分かれるところだと思うので置いておくとして、「白人」「黒人」なんて色で人々をカテゴライズしている時点である人にとってはかなり不快なのではないかと思います。

これについてどうこうするとかではないですが、そんなこともふと思ったまで。

 

そういうわけで、中南米に行ったことのある人ならば誰もが経験するこのチノ問題について語ってみました。人それぞれ異なる意見があるかもしれませんが、ぼく自身はこんな感じで考えがまとまりました。

反論、共感問わずいろいろな人の意見を聞いてみたいなと思います。

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